【体験談】新卒入社で精神的にきつい時、きついと言える場所は作っておいたほうがいい。




人事としてはじめての新卒受け入れ

人事職になって10ヵ月後、初めて新卒入社の子を受け入れた。
16人の新卒メンバーを受け入れたんだけど、今考えると人事になって1年未満でよくこの人数受け入れたなと思う。
しかも人事は私1人だった。

中途で入社しているとはいえ、私も第二新卒で転職してきた、社会人3年目。
当時まだ25歳だったわけです。

逆に無知だったから「無理」とか「つらい」とか全く思わなくて。
初年度がこの人数でよかったとは思う。

新卒メンバーが入社してくるのが楽しみで仕方なかった記憶があるし。
新卒の子たちが入社してきてから1ヵ月ぐらいは、毎日16人が書く日報に1人1人返信したりして。
とにかくみんなが可愛くて仕方なかった(今も変わらず、新卒はみんな可愛い)。

入社してくる子たちを受け入れる仕事はもちろん重要で、やらないといけない仕事も、やりたい仕事もたくさんある。

でも、1人で人事やっているから、その間も中途採用は引き続きやっているし、なんなら次の年の新卒採用のプレエントリー(いわゆるサマーインターン)が始まってしまうのでその準備もあり、仕事は山積みで。

忙しいほうがアドレナリンがでるからか「やりがいある人事の仕事サイコー」とか思っていた。

 

半年後、新卒の子が適応障害と診断された

そんなこんなで新卒が入社してきてから、無事だれも辞めることなく半年が過ぎたときに、新卒メンバーの1人が精神科で「適応障害」と診断された。

休職したいので「適応障害と名前をつけてもらった」というニュアンスのほうが、あっているかもしれない。

「これが原因」といえるものがあるわけではない気がしている。
あとからわかったことは幼いころからご両親との関係がうまくいっておらず、自分の気持ちを押し殺して生活していたことがわかって。
親に自分のこと見て欲しかったのかもなって、今では思っているけど。

まじめで責任感が強く、いつも笑っている子だったから、精神的に壊れることしかできなかったって感じ。
こんなに心が苦しんでいたんだってことに、全く気付いてあげられなかった。

確かに、前回一緒にランチを食べた時に「作業に集中しすぎて休日も寝ていない」とか言っていたけど、もしかしたら寝てないんじゃなくて「寝たくても寝れなかった」のかもしれない。

細かいことはわからないし、私に対してどれだけ正直に、すべてを話してくれているのかはさだかではない。

でも「苦しいときに苦しいといえる人は少ない」という事実を人事になって早い段階で、身をもって知れたことは大きな進歩だったように思う。

 

泣ける場所って大切だよ

会社に来れなくなって、そのまま顔を合わせることはなく、休職の手続きだけ早急にすませた。
顔をみて話がしたいと思ったので、私が家まで行って話をすることに。

私は、その子がとっても苦しそうにしているんじゃないかと心配していったけど、会ったその子はパジャマ姿でいつも通り笑ってて驚いた。

「寝れない」とか「ご飯食べられない」と言いながら、いつも通り笑ってた。
1時間ぐらい話をしたけど、その間ずっと笑っていて「苦しかったら頼れ」って言葉にも「はい」って笑った。

その笑顔をみて私が「苦しいのに笑っちゃうんだね」と言って泣きそうになったら、やっとその子も泣いた。

「頼ってもいい」とか「泣いてもいい」とか言われても、泣けないから苦しかったんだよなーって、そんな簡単なことにも私は気づかなかった。
ダメな自分も受け入れてくれる場所って、とっても重要だと思う。

泣いたから弱いとか、適応障害だからダメとかないと思う。

でも周りにはあまり見せたくない姿だとは思うから、「頑張れないときの自分も肯定してくれる場所」は自分で作っておく必要があると実感した。
頑張れないときは頑張らなくていい」って自分で自分に言える人はまだ少ないように思う。

この時「人事として」ではなく「私として」この子と向き合えたのがよかった。
今後もそうやって生きていきたい。

肯定してくれる場所がないなら、私がその場所になろう。

 

精神科の出す薬で人生が崩れる

適応障害」と診断されてから、週一ぐらいで精神科のクリニックに通うことになった。

はじめは「外にでるいい機会」ぐらいに思っていたので、精神科に通うことを前向きにとらえていたけど、飲んでいる薬でどんどん精神が蝕まれていくのがわかった。

薬の副作用で眠れなくなったら、また追加で薬を処方される。
薬を飲まないほうがいいと思って薬をやめると、薬をやめた反動で精神の安定が保てない。

そもそも「自分が病気である」とか「障害がある」ということを認めることもかなり大変なんだ。
「なんでこんなに薬を飲まないといけないのか」「なんで薬を飲んだのにこんなに苦しいのか」ってどんどんつらくなっていくのは簡単に想像できる。

「精神科クリニックの先生は、ろくに話も聞いてくれずに薬を処方する」とその子は言っていた。
「なんだそれ」とその時はびっくりしたけれど、よく考えれば医者というのは、そういう職業なのかもしれない。
カウンセラーではないんだ。

そしてある日、処方された睡眠薬を大量に飲んで倒れ、病院に入院が決まった。

 

精神科病院での生活

近くの病院に入院することになって、顔を見に行ったら、髪の毛を明るく染めたその子が笑ってた。
もう他人にどう思われるかじゃなくて、自分のしたいようにやろうと思う」と語ったその子の顔はすごいかっこよかった。

確か入院して意外とすぐに会いに行けたので、その当時「一人で家にいるよりは病院にいたほうが安心」って思っていたけれど、そんな気持ちもすぐに消えた。

自分の家で自分の責任で生きられるっていうのはすごい幸せなこと。
だれかに管理されて生きるのは普通に考えてつらいに決まっている。
なぜいつも「簡単に想像すればわかる事実」にすぐに気づけないんだろう。

管理するわりに助けてくれない病院で、4人1人部屋の病室。
携帯の充電器すら勝手に使えないんだから、20代の若者には牢獄と一緒だな。

その子の病院生活は1ヵ月で終止符をうったけど、あそこに長くいる人もいるみたいだし、どうしたらあそこからでられるんだろう。
でたいと思っていない人もいるのかもしれないけど。

余談ですが、私は前職で看護師の人材紹介の営業をやっていて、病院や老人ホームによく足を運んでいました。
1年8ヵ月働いて思ったことは「どれだけここに近づかないで人生を送れるか」ということと「自分の親をどうすればここで死なせずにすむか」ということだった。

今回、前職を辞めてから1年ぶりに、精神科病院に足を踏み入れて改めて思うこと。

病院はないといけない。
医師も看護師もとても重要な仕事。

でも、できるだけ病院とはかかわらない人生を送りたいし、かかわらない人生を送れる人が1人でも多くなればいいと思う。

自分らしく生きる」という本来誰もが叶えたい願望が、病院という枠組みの中ではどうしても叶えられない。
もちろん「自分らしく生きる」を応援してくれる病院があることも知っているけど、まだ少ないのが現状。

 

病気と向き合い、自分と向き合う

退院してからその子は、おそらく長い時間、自分と向き合ったのだと思う。
苦しかったと思うけれど、薬をやめると決意して、クリニックに通うこともやめた。

クリニックに通わなくなるということは、給付されている傷病手当金がもらえなくなることを意味している。
手当がなくなるということは、働かないといけないということで、かなり大きな決断だったと思う。

でも薬をやめて、どう生きていくか定まってからの回復は本当に早かった(決してなおったとは言えないけど)。
そして「会って話したい」と言ってくれて会食をした日に、「会社を辞める」と決断したことを話してくれた。

そこからは退職手続きなどを早急に進める必要もあり、結局次にゆっくり会えたのは、その子が退職してからだった。

会って思ったことは、「適応障害」と診断されてからある一定期間までは「会社に所属している安心感」が確実にあったのに、いつの間にか「会社に所属している拘束感」のほうが強くなっていたという事実。

休職していたって、所属しているという束縛はついて回っていたんだね。
退職してすっきりしたその子の顔をみて、また「想像すれば簡単にわかること」に気づけていなかった自分に気づく。

フリーで仕事をしていくことや東京での生活をやめることなど、いろいろと話してくれた。
人生これから」と笑った顔を、私は一生忘れないと思う。

何か伝えたいかということではなく、私の体験を私自身が忘れないために書いた。
これからの人生で大きな影響を与えてくれた、この子に感謝します。


きつかったら、この本を読んでください。
自分の気持ちを無理に抑え込む必要はないよ。

*まとめ*
自分をま守るのはいつも自分。「みんなの期待」よりも「自分の気持ち」を大切に生きたい。

 

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